ぴか歯科

歯科医師です。これまでの人生や仕事についての考えを述べます。

診療していて悲しくなったこと

※一般の方にも読んでいただけるよう、専門用語はやや噛み砕いています

※診療内容が個人と繋がることのないよう、十分に配慮して投稿を行っております

 

 

勤務先の歯科医院での、とある日の出来事。

 

歯周病の治療で受診されたご高齢の患者さん。認知症があり、プラークコントロール不良、歯肉は発赤腫脹を伴い、易出血性の状態。超音波スケーラーを用いてスケーリングをする際、歯肉にチップの先端が軽く触れただけでも、身体をのけぞるようにして痛がる様子を見せる。手用スケーラーに変えても、タフトブラシに変えても状況は変わらない。

 

この方にとって、口腔清掃の時間ができるだけ短い方がいい。そのためにはスケーラーの強さをわずかに強めた状態で清掃を行い、速やかに終わらせた方がいい。でも、強めると痛みは増す。かと言って歯面に固着した歯石を含めて除去するには、ある程度の力は必要であるし、弱く持続的に刺激を与え続けることもまた、この方にとっては苦痛になる。

 

「傘を持たずに雨の中を帰る時、走って雨に当たる時間を短くした方が濡れにくいのか、それとも歩いて体表面に当たる機会を少なくした方がいいのか」、まるでそんな議論をしているかのようだと頭を異次元にやりつつ、ギリギリの配慮を以て処置するも、痛がる患者さんを前に、徐々に気が削がれていってしまう。

 

それにこういった状況の方の口腔内は、こちらがマスクを二重にして処置をしていても、耐え難い歯周病特有の匂いを発する。不快な匂いは人にダイレクトに苦痛をもたらす。特に私は匂いに敏感だから、尚のこと。

 

今日、ここで自分が汚れを落としてあげなければ、これ以上の質の清掃を受けられる機会はこの方にはない。そう思い、できるだけ状況が良くなるようにと、プラークなり歯石なりを除去するように試みるが、やはり反応を見ると心が苦しくなり、あと1mmを攻めきれない。

 

私は人が嫌がることをしたいわけじゃない。でも、どんなに配慮しても今のこの方にとっては苦痛に思えることをしている。それに対する葛藤と不快臭、歯肉からに滲む出血、それに来院が遅れたことによる診療時間の制限も加味し、イライラしてしまっている自分に気付いた。

 

普段、診療中に不快感を顔に出すことはない。それなのに今、マスクの下で私は明らかに嫌な顔をしてしまっている。自分の未熟さも含め、行き場のない怒りを感じた。

 

もっと、もっと普段のブラッシングができていたのなら。最低限のプラークコントロールができていたのなら。この方の歯周病はもっと軽く済むし、医院での処置も簡単で苦痛が少なく済むのに。そう思わずにはいられなかった。